トップ > 菊乃家 Movie > 皆生進一(こと、社長)ブログ > 皆生温泉 ルーツのお話 柴野勘太郎とは
皆生温泉の最初の発見は明治初年頃といわれております。
当時は浜辺から200メートルばかり沖で温泉が湧き出ていましたが
その後砂鉄生産の影響で日野川から大量の土砂が流れ、砂浜が大量に形成され
明治33年(1900年)に砂浜から湧出している温泉が発見されました。
その後、本格的な皆生温泉の開発が大正9年(1920年)から始まったといわれています。
この写真は大正10年11月、待望の第一号泉の掘削に成功したときの記念写真です。
皆生温泉の開発を中心となって担ったのが有本松太郎翁です。
http://www.town.shinonsen.hyogo.jp/page/5ff47eadb0a3d3c4d584a646f782f222.html
なんとこの記念写真の左から2番目に写っているのが私の曽祖父「柴野勘太郎」さんでした!。
なぜか一人だけ鉄砲を持っています(笑)。米子市車尾の出身で皆生温泉まで馬で通っていたということです。
皆生温泉最初の旅館数件の中の一軒「ますや旅館」を経営していました。
もちろんこの曽祖父「柴野勘太郎」がいなければ私は現在存在してないわけで
感謝しなければいけません。ありがとう勘太郎さん!
今日はルーツをたどってみました。 皆生進一
尚、皆生温泉の歴史等についてはこちらをご覧下さい。
http://www.yonago-navi.jp/onsen/summary/